二条城絶叫

john fruscianteと荒木飛呂彦と舞城王太郎と伊藤計劃が好きすぎて二条城にて絶叫。連絡先は2jojojotaroアットマークgmail.com まで。 Last.fmのアカウントはhttp://www.lastfm.jp/user/nijojo

メフィスト分析 1

受賞者と年月日のリスト

1996年

第1回 - 森博嗣 - 『すべてがFになる
第2回 - 清涼院流水 - 『コズミック 世紀末探偵神話』(1200年密室伝説)
1997年
第3回 - 蘇部健一 - 『六枚のとんかつ』(FILE DARK L)
1998年
第4回 - 乾くるみ - 『Jの神話』(失楽園J)
第5回 - 浦賀和宏 - 『記憶の果て』
第6回 - 積木鏡介 - 『歪んだ創世記』
第7回 - 新堂冬樹 - 『血塗られた神話』(神の戯れ)
第8回 - 浅暮三文 - 『ダブ(エ)ストン街道』
第9回 - 高田崇史 - 『QED 百人一首の呪』(玉ぞ散りける ——百人一首の呪——)
1999年
第10回 - 中島望 - 『Kの流儀 フルコンタクト・ゲーム』(フルコンタクト・ゲーム)
第11回 - 高里椎奈 - 『銀の檻を溶かして』
第12回 - 霧舎巧 - 『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』(十人そろったら)
第13回 - 殊能将之 - 『ハサミ男
2000年代前半
第14回 - 古処誠二 - 『UNKNOWN』(アイアンゲート)
第15回 - 氷川透 - 『真っ暗な夜明け』
第16回 - 黒田研二 - 『ウェディング・ドレス』
第17回 - 古泉迦十 - 『火蛾』
第18回 - 石崎幸二 - 『日曜日の沈黙』
2001年
第19回 - 舞城王太郎 - 『煙か土か食い物 Smoke, Soil or Sacrifices』(煙か土か食い物か)
第20回 - 秋月涼介 - 『月長石の魔犬』
第21回 - 佐藤友哉 - 『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』
第22回 - 津村巧 - 『DOOMSDAY -審判の夜-』(SURVIVOR ——生存者)
2002年
第23回 - 西尾維新 - 『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言使い』(並んで歩く)
第24回 - 北山猛邦 - 『『クロック城』殺人事件』(失われたきみ)
第25回 - 日明恩 - 『それでも警官は微笑う』(迎日)
第26回 - 石黒耀 - 『死都日本』
2003年
第27回 - 生垣真太郎 - 『フレームアウト』
第28回 - 関田涙 - 『蜜の森の凍える女神』
第29回 - 小路幸也 - 『空を見上げる古い歌を口ずさむ』
2004年
第30回 - 矢野龍王 - 『極限推理コロシアム
第31回 - 辻村深月 - 『冷たい校舎の時は止まる』(投身自殺)
2005年
第32回 - 真梨幸子 - 『孤虫症』
第33回 - 森山赳志 - 『黙過の代償』
2006年
第34回 - 岡崎隼人 - 『少女は踊る暗い腹の中踊る』
2007年
第35回 - 古野まほろ - 『天帝のはしたなき果実』
第36回 - 深水黎一郎 - 『ウルチモ・トルッコ』(ウルチモトルッコあるいは命と引き換えにしても惜しくないトリック)
2008年
第37回 - 汀こるもの - 『パラダイス・クローズド TANATHOS』
第38回 - 輪渡颯介- 『掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南』(落ちる弦月の鎌)
第39回 - 二郎遊真- 『マネーロード』
2009年
第40回 - 望月守宮- 『無貌伝 双児の子ら』
第41回 - 赤星香一郎 - 『虫とりのうた』
第42回 - 白河三兎 - 『プールの底に眠る』
2010年
第43回 - 天祢涼 - 『キョウカンカク』
第44回 - 丸山天寿 - 『琅邪の鬼』
第45回 - 高田大介 - 『図書館の魔女』【未刊行】
2012年
第46回 - 北夏輝 - 『恋都の狐さん』(如月の狐さん)
2013年
第47回 - 周木律 - 『眼球堂の殺人 ~The Book~』
第48回 - 『黄金の蛇、緑の草原』

 

 ちなみに舞城王太郎は賞創設以前からの投稿者であるらしい。実に6年がかりでの受賞。

 大分本を読んでいるつもりだけれど、受賞作を読んでいない本があまりに多すぎると気づいたのでチェックリスト代わりに。チェック項目は何人称視点であるか、ページ数、トリックの内容、ジャンル(何と何のミックスなのか等)で行こうと思う。問題は座談会での話し合い内容をどうやって知るかという点にあり、メフィスト賞を最近知っただけに過去の物がわからないのでどうしようか。国会図書館に行けばバックナンバーがあるのだろうが、行く機会はそうそう無い。

 さてなぜメフィストなのかと言えば答えは単純で、舞城の言葉にある。

「俺は「文楽」を「音楽」と並べたい。とりあえず全ての小説・物語が「文楽」だとして、「文楽」と「音楽」の決定的な差は新人の数だと思う。「音楽」で出てくる新人の数なんてマジ無数でしょ?一年でどんだけ出てくるのよ」
「ところが「文楽」はどうよ。今のメジャーデビューってつまりは「文学賞」を獲ることだし、新人をデビューさせてる「文学賞」っつたら、まあとりあえず「純文」ジャンルにもなりそうなもので言ったら「ファウスト」「群像」「新潮」「文學界」「すばる」「文藝」「トリッパー」「リトルモア」って文芸誌の新人賞くらいだろ。あ、「リトルモア」休刊したのか。ギャー。いよいよ年に二十人も出てこないだろ」
「皆書くの遅いし。こんな人数でこんなテンポじゃ全然切磋琢磨してる気分にならーん。「純文」と言われるジャンルで考えるなら、あと少なくとも五冊くらいは既存のものと肩を並べる文芸誌が創刊されてほしい」

 純文と言われるジャンルが勢いのある純文作家をデビューさせているのかと言えば否であるし、そもそも小説界におけるジャンル分けが不要なのでは?と僕は思う。ミステリーであれ、SFであれ、ホラーであれ、ミステリであれ、ライトノベルであれ、純文であれ、商売の道具として考えた時にジャンル分けは必要不可欠であるが、権威化した賞がジャンルを分ける事は作家を縛る事に繋がり、ひいては面白い物が出てくる機会を潰しているのではないかと思う。

 そういう点で、本格にこだわりを置きつつも、突き抜けていれば誰でも拾うスタンスを貫き通すメフィストは最高だ。編集者が直接読んでいるのも最高だし、コメントが返ってくるのも最高である。同様の賞はBL、ラノベ、ミステリといくつかあるが、方向性が定まっていつつ懐の深さを示しているのはメフィストとcharede、花丸しかないんじゃないだろうか。じゃあなんで全部に送らないのかと言えばメフィストの空気が大好きだから。亡くなられた殊能先生、乾先生、京極先生、深辻先生、森先生、北山先生、舞城・・・好きな作家を挙げていくときりがないのでとにかく後に続きたい。また、世間一般現状の認知下では、作家としての寿命を考えるにBLは先が無さすぎる。

 個人的にはファウストの復活も有りうるのではないかと思っている。10年代後半か20年代前半、いずれ雑誌という形態が時代遅れになり、電子雑誌と共存する時代がやってくるのは明白だからだ。そうなった時、メフィストからデビューするという事は非常に強いアドバンテージを持つ。

 少し雑誌についての考えを書いておくと、出版社は紙雑誌の持つ力を信じなさすぎなのだ。電子版にシフトしたからと言って紙雑誌が絶滅するかといえばNOだ。読書家なら紙をめくり、書籍の匂いに浸りながら物語の世界に浸る喜びが代替不可能であることを知っており、従って、読書家への入り口を踏み出しつつある人は電子、読書家は紙という棲み分けが成立する。

 しかし利益体系が取れない事による廃刊の憂き目を見る雑誌も必ず出るはずで、というのも雑誌の主力利益源である広告収入が電子では格段に落てしまい、利益体系を新しく確立出来ない雑誌が出てくるからだ。例えばファッション誌などはブランドネームを向上/維持するために紙雑誌を常に発行しつつTV等で雑誌自体の広告も打たなければならない。この極太の出費は抑える事が出来ない構造で、これがある限り、廃刊は死と同じく避けようがない。

 ではメフィストファウストがどうだかというと、現状、メフィストはおそらく赤字スレスレラインなんじゃないかと思う。創刊当時7000部だったのが98年には3万部。今は緩やかな右肩カーブを描きつつ1万5000あたりに留まっているんじゃないかと思う。一冊1500円であるメフィストがどれくらいの卸値でどのような流通をたどっているのかわからないが、世に言う本の金融化ロジックにはハマっていないはずだ。というのも、買い手が定まってきている=実売数が読みやすいからで、返本率が限りなく低く抑えられるはずだからだ。出版社6:取り次ぎ2:書店2という平均的な関係であれば、メフィストは一回出版するごとに売り上げ1350万を上げる計算になる。メフィストは年3回出るので、通年で4050万の売り上げになる。ここから製本コスト、編集者の給与、原稿料などなど諸々のコストを差し引いていくとなると損益分岐点ギリギリ、やや赤字よりの立ち位置なんじゃないかと思う。

 この予想はかなりの理想論であり、現実には、返本率を読み切れていない、コスト削減が出来ておらず固定費が嵩んでしまっている、などの可能性で赤字製造機になっている可能性すらある。メフィストが発掘した売れっ子作家が講談社ノベルスから本を出して、それが売れてようやく黒字という状況。つまりメフィストは単に新人を掘り出すのではなく、講談社ノベルスから継続して出版し売り上げを稼いでくれる新人を発掘しなければならない。

 話がずれた。

 売り上げが定まっているという事は、つまりブランド力があるという事になる。雑誌メフィストはかなりキャラクタが立っており、売れる要素は十分にあるというのが私の考えで、足かせとなっているのは希少性と価格にある。これが電子版も出るとなれば足かせは大分取っ払われる。もちろんその前提として、電子版が受け入れられる土壌――タブレットPCが一般に普及していなければならないので、技術的にも文化的にも成熟してくるであろう10年代後半から20年代後半、と状況を限定した。

 

 紙雑誌のようにページ数を考慮する必要が無く、固定費用が多分に抑えられる電子版は価格の直結に繋がる。そのような状況になった時、広告を打たずとも固定化されたファンを持つメフィストは非常に強い。作家のファンが最新作を読みたくて買うような場合、作家にtwitterやブログで呟いて貰うのが最も費用対効果が高い。現状では雑誌の希少性と高価格によってあまり効率的にファン買いは発生していないが、先述の諸条件を満たした場合には変わってくる。つまり、もっとも利益を上げるポテンシャルがあるのは文芸誌、中でもキャラ立ちしていてバラエティに富んだ作家を輩出して、潜在的に最も広いファン層を抱えているメフィストファウストのような雑誌という事になる。従って、後々メフィストが復刊する可能性は多いにある。

 

 

 さて、私はカメレオン作家になりたい。ミステリも書くしSFも書くし純文も書いていきたい。物語の力は、何よりも提起する力がある事だ。ジャンルに囚われ過ぎてしまうのはもったいないにも程があるし、ジャンルに囚われる事は読み手を選んでしまうことにも繋がる。私はミステリもSFも純文も広く愛しているので、その魅力を知って欲しいと思っている。どれか一つに固執するのは作家の損失であると共に読み手の損失でもあるからだ。ジャンルのるつぼになり、文芸界をけん引していくポテンシャルはメフィストファウストが持っており、ファウストは既に廃刊。メフィストの持つ嗜好性と好きな作家と可能性。以上の理由から私はメフィストからデビューしたく考えている。

 舞城王太郎が現状をつまらないと感じているのなら、舞城を愛する者として現状を盛り上げていきたいと考えるのは自然な事。